2006/04/29
三中井呉服店(百貨店)製の袴(朝鮮)



帝大生は着物も袴も戦前のものを大切に使っている。愛用している袴は三中井(みなかい)呉服店のマークが入った濃いねずみ色の袴である。高級なものではないが80年近く経っているがしっかりした作りである。
三中井呉服店は近江商人の中江勝次郎が興したもので、1933年(S8年)に三中井百貨店と改称した。彼は朝鮮から大陸にかけ18店舗を持つ一大百貨店王国を築き上げ、日本にも支店を持った。一時は三越より巨大だったかもしれない。
朝鮮半島の釜山、ソウル、平壌等に鉄筋コンクリート作りの大きなデパートがあったが、昭和20年8月の敗戦ですべてが消滅し幻の三中井百貨店となった。
金銭的な価値は無くてもこの袴がなくなれば、本当に三中井百貨店があったことも忘れ去られる。着古した綿の絣の着物も捨ててしまえはそんな着物を着ていた書生のことも忘れ去られるであろう。70年ちょっと前(私の父の学生時代)までは学生服を着たり、絣の着物を着て通学していたのである。学生服の学生と着物に袴の学生が仲良く校門を出てくる写真をよく見かけた。
着物も袴も戦前のものを大切に使っているので、帝大生のバイオリンは安物だが大切に使わなくてはと思った。安物や初心者用のバイオリンの行く末はどうなるのか、沢山の人が趣味で楽しんだ中古のバイオリンが捨てられていくことを思うと残念である。
高価なバイオリンでなく、ギターがまだ無かった当時の学生が使っていたバイオリンや、書生節を歌う演歌師が営業用に使っていた普通のバイオリンは今どうなってしまったのであろうか。神長瞭月や石田一松が実際に使っていたバイオリンを一度見てみたい。
芸術品だけでなく、普通の庶民が使っていた当時の着物や楽器を保存しておくことも歴史上大切である考える。明治10年代生まれのおばあさんが昭和の初めの頃、子供だった母にバイオリンで童謡や唱歌を弾いてくれたそうである。
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三中井百貨店(みなかいひゃっかてん):
20世紀前半の朝鮮と満州及び中国大陸に店舗を展開していた日本人経営の百貨店。京城では丁子屋・平田・三越・和信と合わせて五大百貨店と呼ばれていた。
1945年の敗戦時には、朝鮮に12店、満州に3店、中国に3店、そして内地では金堂を総本部にして京都本社、大阪と東京の仕入部を持つ、朝鮮と満州及び中国大陸で最大の百貨店チェーンを築き上げていた。
最大時の社員数は4000人、年間売上高1億円の規模だった。朝鮮域内の売上では、当時日本最大であった三越を超えていた。
朝鮮京城三中井呉服店(絵 S4年):京城は今のソウル、エレベータやレストランがある総合デパート、子供と着物の女性)
<幻の三中井百貨店―朝鮮を席巻した近江商人・百貨店王の興亡>
282p 19cm(B6)晩声社 (2004-02-25出版) 林 広茂【著】販売価:\2,100(税込)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4891883146.html
あきんど大正館(中江勝治郎の三男正次宅):
http://www.biwa.ne.jp/~tenbinst/kanko/taishokan.html#top